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2016年03月27日

清和源氏三代/琉球王国禅譲前編

さてと解体屋のおじさんです、こんにちは。
本日は逆臣利勇を撃って宝位にのぼった舜天王の次とその次の世代を書こうと思いますが。

その前になんですが「宝位にのぼって」という言葉は中山世鑑からそのまま引用したんですよ。
登極とは書かないんですね。天皇や皇帝は登極と書きますが。

これは、あくまでも国王であって天子(天皇、皇帝のこと)ではないという、羽地朝秀氏の隠を含んだ表現かと思います。
さて、次の話に行きます。

琉球国王は近代以前の歴史ですので、当たり前に世襲制度になっております。
そのため舜天王の次の国王は舜天王の子供たちの間から選ばれました。
舜馬順煕王になりますが。

この国王陛下は詳しいことがよく解っておりません。
舜天王統デッチアゲ説が横行する遠因となっております。(^^;;

中山世鑑に記述が有ります。
「舜天王は国も富み民も安心して暮らしたが、南宋嘉熙元年(1237年)丁酉に在位51年、72歳でこうぜられたので、世子の其益美が後をついで即位された。これが舜馬順煕王である。」

書いている途中でなんですが、子供が暴れるー(T▽T)
やはり、夜中の二時くらいに起きて書かないと、子供の世話やら何やらで落ち着いて書けないな。

今日はここまでにしときますけど、ポイントが一つ。
さきほど書いた引用の中に南宋と書かれてあるように、琉球王国は元号を中国のものを使っております。

沖縄には渡来系にも二つの系統が存在します。
一つは大和系、一つは中国系。

これらの系統に土着の人や神が入り混じって沖縄を作っていきますが、それは後述にいたします。
では、きょうはこれまでにします。お疲れ様です。

( ^^) _U~~


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Posted by white_yamada at 11:27│Comments(0)歴史
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