2015年09月06日
三河一向一揆/徳川家康編3
さてと解体屋のおじさんです、こんばんは。
今日も鎌倉末期からラストの徳川家康編を書こうと思います。
宜しくお願い致します。
先週で織田信長と織徳同盟を結んだ徳川家康は、背後が安全になったことで、積極的に今川領、駿河や遠江へと進行していこうと開始しますが。ここで事件が発生します。
三河一向一揆が発生したのです。
まずはwikiを参照してください。
「現在の安城市野寺の本證寺第十代・空誓(蓮如の孫)が中心となって真宗門徒に檄を飛ばし、領主の松平(のちの徳川)家康と戦った。三州一向宗乱記に「当国碧海郡野寺村の本證寺と申すは、一向宗の小本寺にて、守護不入の道場、当国三箇寺の其の一箇寺なり」と記載されている。
中心勢力は、三河三ヶ寺と本宗寺および、桜井松平氏、大草松平氏、吉良氏、荒川氏といった反家康勢力である。門徒側には、家康の家臣の本多正信(後の家康の参謀)や蜂屋貞次(徳川十六神将)や夏目吉信(三方ヶ原戦役で家康の身代りとして討死)が参加するなど、内紛の様相も呈していた。松平宗家に台頭した安城松平家(家康の家系)が三河の中原に位置する安祥城に居城していた時代から、もともと真宗門徒でもあった安城譜代を勢力拡張に伴って家臣団化したものであり、その最たるものは、本證寺門徒でもあった石川氏である。一族の間で門徒方と家康方に分裂するなど、主君に対する踏み絵にもなった。
三河一向一揆は、三方ヶ原の戦い、伊賀越えと並び、徳川家康の三大危機とされる。敵からも「犬のように忠実」と半ば揶揄される形で評価された三河家臣団の半数が、門徒方に与するなど、家康に宗教の恐ろしさをまざまざと見せつける事となった。
大久保の三河物語に詳細が長文に渡って記述されている。また、三州一向宗乱記にも詳しい。」
犬のように忠実、と家康の三河の家臣団のことを書かれてありますね。
その忠実な家臣団ですら分裂して家康に反抗したわけです。
今世の主君「徳川家康」よりも来世の主君「阿弥陀如来」の方が大事、と犬のように忠実な三河兵ですら反抗したわけですね。
というか、そもそも浄土真宗の怪物ぶりを書いておきますが。
そもそも浄土真宗は浄土宗の教えを極めたもので、「阿弥陀如来は念仏したら全ての人を極楽浄土に導いてくださる」を極めて、
「阿弥陀如来は念仏したら万人を救ってくださるので、破戒した僧でも救ってくださる」という教えに到達した親鸞を中心に結成された宗派です。
なので、お釈迦様が定めたルール「肉食してはならない、妻帯してはならない」のルールを僧侶も普通の人も破っても救ってくださるという・・・なんていいますかね。それ、もう仏教ではなくなっているんじゃないか?(^^;;
というような宗派なのです。
なので親鸞の直系の子孫というのも存在し、現代の浄土真宗でも親鸞の直系の子孫が代表者として着任しております。
他宗派では、例えば日蓮の直系の子孫とかは存在しません。仏教だと妻帯してはいけない、となっておりますので当然子供が作れない。
阿弥陀如来の浄土三部経を極めつくしたのが浄土真宗ということなのです。
なので布教効果は絶大です。
だって、念仏したら肉食べてようが女性と交わってようが、救ってくださるもの。
そしてその布教に三河兵まで感化されて一向一揆へと繋がったわけです。対応を誤ったら家康は命がなかった。
家康は恐怖し後の宗教統制方法を信長と共に編み出し、それが江戸時代へと繋がりますが。
ただ、晩年の家康が嫌ったのは浄土真宗ではないです。
後の家康が嫌ったのは、日蓮宗不受不施派。
日蓮宗は全ての仏教は日蓮宗に統合されるべきだ、と考えている宗派です。
その宗派が秀吉の時代に宗教統制しようと全宗派が出席するようにと行おうとした豊臣秀吉主催の千僧供養会に出席を拒否したのです。
つまり、秀吉は踏絵として千僧供養会を行ったのですが、ここで日蓮宗は受不施派(日蓮宗は宗派の門徒以外からのお布施は受け取らないが、権力者からはやむを得ない)と不受不施派(宗派の門徒以外は無論のこと、権力者からのお布施も受け取らない)に分裂したわけです。
日蓮原理主義といいますか、そのため江戸幕府はキリスト教と並んで日蓮宗不受不施派も禁教としたわけです。
権力者のお布施をもらわないという事は、権力者のいう事も聞かない、つまり宗教を核とした革命グループに変質しかねないので。
宗教が革命起こすなんてそんな馬鹿な、なんてことはないです。今日取り上げた三河一向一揆もそうですし、石山本願寺は信長と10年は戦争しているし、法文法華一揆という事件も有りましたし、海外に飛んだら日本とイギリス以外はほぼ宗教で戦争している。近年ではイスラム国とかも有りますし。
話題がそれました。元に戻しますと、家康は辛くも三河一向一揆を鎮圧できましたが、宗教の怖さというのを思い知ったわけです。
その怖さが江戸時代へと通じていきますは、それは後の話。
朝のコーヒータイムにします。
お疲れ様です。
( ^^) _U~~
今日も鎌倉末期からラストの徳川家康編を書こうと思います。
宜しくお願い致します。
先週で織田信長と織徳同盟を結んだ徳川家康は、背後が安全になったことで、積極的に今川領、駿河や遠江へと進行していこうと開始しますが。ここで事件が発生します。
三河一向一揆が発生したのです。
まずはwikiを参照してください。
「現在の安城市野寺の本證寺第十代・空誓(蓮如の孫)が中心となって真宗門徒に檄を飛ばし、領主の松平(のちの徳川)家康と戦った。三州一向宗乱記に「当国碧海郡野寺村の本證寺と申すは、一向宗の小本寺にて、守護不入の道場、当国三箇寺の其の一箇寺なり」と記載されている。
中心勢力は、三河三ヶ寺と本宗寺および、桜井松平氏、大草松平氏、吉良氏、荒川氏といった反家康勢力である。門徒側には、家康の家臣の本多正信(後の家康の参謀)や蜂屋貞次(徳川十六神将)や夏目吉信(三方ヶ原戦役で家康の身代りとして討死)が参加するなど、内紛の様相も呈していた。松平宗家に台頭した安城松平家(家康の家系)が三河の中原に位置する安祥城に居城していた時代から、もともと真宗門徒でもあった安城譜代を勢力拡張に伴って家臣団化したものであり、その最たるものは、本證寺門徒でもあった石川氏である。一族の間で門徒方と家康方に分裂するなど、主君に対する踏み絵にもなった。
三河一向一揆は、三方ヶ原の戦い、伊賀越えと並び、徳川家康の三大危機とされる。敵からも「犬のように忠実」と半ば揶揄される形で評価された三河家臣団の半数が、門徒方に与するなど、家康に宗教の恐ろしさをまざまざと見せつける事となった。
大久保の三河物語に詳細が長文に渡って記述されている。また、三州一向宗乱記にも詳しい。」
犬のように忠実、と家康の三河の家臣団のことを書かれてありますね。
その忠実な家臣団ですら分裂して家康に反抗したわけです。
今世の主君「徳川家康」よりも来世の主君「阿弥陀如来」の方が大事、と犬のように忠実な三河兵ですら反抗したわけですね。
というか、そもそも浄土真宗の怪物ぶりを書いておきますが。
そもそも浄土真宗は浄土宗の教えを極めたもので、「阿弥陀如来は念仏したら全ての人を極楽浄土に導いてくださる」を極めて、
「阿弥陀如来は念仏したら万人を救ってくださるので、破戒した僧でも救ってくださる」という教えに到達した親鸞を中心に結成された宗派です。
なので、お釈迦様が定めたルール「肉食してはならない、妻帯してはならない」のルールを僧侶も普通の人も破っても救ってくださるという・・・なんていいますかね。それ、もう仏教ではなくなっているんじゃないか?(^^;;
というような宗派なのです。
なので親鸞の直系の子孫というのも存在し、現代の浄土真宗でも親鸞の直系の子孫が代表者として着任しております。
他宗派では、例えば日蓮の直系の子孫とかは存在しません。仏教だと妻帯してはいけない、となっておりますので当然子供が作れない。
阿弥陀如来の浄土三部経を極めつくしたのが浄土真宗ということなのです。
なので布教効果は絶大です。
だって、念仏したら肉食べてようが女性と交わってようが、救ってくださるもの。
そしてその布教に三河兵まで感化されて一向一揆へと繋がったわけです。対応を誤ったら家康は命がなかった。
家康は恐怖し後の宗教統制方法を信長と共に編み出し、それが江戸時代へと繋がりますが。
ただ、晩年の家康が嫌ったのは浄土真宗ではないです。
後の家康が嫌ったのは、日蓮宗不受不施派。
日蓮宗は全ての仏教は日蓮宗に統合されるべきだ、と考えている宗派です。
その宗派が秀吉の時代に宗教統制しようと全宗派が出席するようにと行おうとした豊臣秀吉主催の千僧供養会に出席を拒否したのです。
つまり、秀吉は踏絵として千僧供養会を行ったのですが、ここで日蓮宗は受不施派(日蓮宗は宗派の門徒以外からのお布施は受け取らないが、権力者からはやむを得ない)と不受不施派(宗派の門徒以外は無論のこと、権力者からのお布施も受け取らない)に分裂したわけです。
日蓮原理主義といいますか、そのため江戸幕府はキリスト教と並んで日蓮宗不受不施派も禁教としたわけです。
権力者のお布施をもらわないという事は、権力者のいう事も聞かない、つまり宗教を核とした革命グループに変質しかねないので。
宗教が革命起こすなんてそんな馬鹿な、なんてことはないです。今日取り上げた三河一向一揆もそうですし、石山本願寺は信長と10年は戦争しているし、法文法華一揆という事件も有りましたし、海外に飛んだら日本とイギリス以外はほぼ宗教で戦争している。近年ではイスラム国とかも有りますし。
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その怖さが江戸時代へと通じていきますは、それは後の話。
朝のコーヒータイムにします。
お疲れ様です。
( ^^) _U~~
PS:
自分の日本史ブログは井沢元彦氏の「逆説の日本史」シリーズの影響を受けて書いております。
よろしかったら、本元もお読みくださいませ。
https://www.amazon.co.jp/s/?ie=UTF8&keywords=%E4%BA%95%E6%B2%A2+%E5%85%83%E5%BD%A6%E9%80%86%E8%AA%AC%E3%81%AE%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%8F%B2&tag=googhydr-22&index=stripbooks&jp-ad-ap=0&hvadid=82218512087&hvpos=1t1&hvnetw=g&hvrand=14601887069301334565&hvpone=&hvptwo=&hvqmt=e&hvdev=c&hvdvcmdl=&hvlocint=&hvlocphy=1009802&hvtargid=kwd-7469179427&ref=pd_sl_npsr3bjnm_e
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Posted by white_yamada at 03:56│Comments(0)
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